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南京市 江蘇省 孫権 金陵 四大古都 旧総統府 明孝陵 中山陵 中華門 明故宮
南京市(なんきんし、中国語:南京市「nánjīngshì」)は、中華人民共和国の副省級市で、江蘇省の省都、人口741万人の大都市です。古くから長江流域・華南の中心地で、かつては、229年の東呉の孫権が都を南京に遷都して以来、三国・呉、東晋、南朝の宋・斉・梁・陳(以上の6朝を総称して六朝)、十国の南唐や明といった王朝や南京国民政府の首都であった、それゆえ、“10朝都会”の名称がある。金陵は南京の別名である。また清朝のころには江寧と呼ばれたことから略称は「寧」である。気候は温和で湿潤、四季がはっきりしています。夏はとても暑く、重慶、武漢、南昌と並ぶ中国四大竈の一つである。2400年余りの建城の歴史を持っている南京は、北京、西安、洛陽と並び、“中国の四大古都”と呼ばれている。
南京鼓楼区(最高建築は世界第七位の紫峰ビル)
南京鼓楼区(最高建築は世界第七位の紫峰ビル)

[地理]
南京市域は長江が東西に貫いており、多くの中州や湖が散在する。長江は南西から南京市街地の西を通るように流れ、東の鎮江市方面へ流れてゆく。南京城内を南北に貫く秦淮河、および北から注ぐ滁河が長江に合流している。市域内の地形は丘陵地が中心で、特に市街地に接する紫金山は有名である。
南京市の位置(北緯32度03分秒 東経118度46分秒)
南京市の位置(北緯32度03分秒 東経118度46分秒)

[歴史]
この都市の歴史は春秋時代に呉がこの地に城を築いたことに始まる。戦国時代に呉を征服した楚はここを金陵と称した。楚が秦始皇帝に征服され、始皇帝がこの地に巡幸してきた際に、「この地に王者の気がある」と言われ、それに怒って地形を無理やり変えてこの地の気を絶とうとした。また名前も金から秣(まぐさ)の秣陵に改名した。
三国時代になると呉の孫権が229年に石頭城という要塞を築いて建業と称してこの地に都を置いた。西晋にて一旦、建業とされた後に司馬鄴(愍帝)を避諱して建康と改められ、東晋及びその後の四王朝(宋、斉、梁、陳)の都となった。呉を含めた六国が全て同じ地に都を置いたことから六朝時代の名がある。
隋で江寧県、唐では金陵県、白下県、上元県などと称される。この時代には、新たに開削された大運河により、長江対岸の揚州が物資の集積地となり、この地域の中心地としての地位を奪われた恰好となり、往時の都としての繁栄は見られなくなった。唐崩壊後の五代十国時代には、南唐の都金陵府が置かれ、後に改名されて西都と称する。
明の太祖朱元璋(洪武帝)は1356年、集慶路と呼ばれていたこの地を征服し、以後ここを根拠地として全土を統一するに至った。1368年、応天府と改められ、首都とする。1421年には、靖難の役で皇位を簒奪した永楽帝により首都が北京(順天府)へ遷都され、「南京」と改められる。清代に入ると江寧と呼ばれるようになった。太平天国の乱では占領され、天京とされた。また1858年の天津条約・1860年の北京条約に於いて西欧に対して開港した。
南京旧総統府[Farm] 元中華民国の総統官邸
南京旧総統府[Farm] 元中華民国の総統官邸

南京旧総統府。中華民国の総統官邸辛亥革命により中華民国が成立すると、1912年には一時的に臨時政府が置かれ、1927年4月には国民政府の首都となった。日中戦争中の1937年12月には日本軍によって占領された。南京大虐殺(なんきんだいぎゃくさつ)は、日中戦争初期の1937年(昭和12年)に日中間で行われた南京攻略戦後、日本軍が中華民国の首都南京市を占領した際、約6週間 - 2ヶ月にわたって中国軍捕虜、敗残兵、便衣兵及び一般市民を不法に虐殺したとされる事件。
1940年3月に汪兆銘政権の首都となった。1949年10月1日に中華人民共和国が建国されると直轄地になるが、1953年に江蘇省の発足とともに同省の省都となった。1994年には副省級市になっている。
[経済]
2004年のGDPは2000億元超で、前年比17.4%の成長であり、その内訳は:第1次産業によるものが70億元(前年比5.2%増) 、第2次産業によるものが1005億元(前年比20.7%増) 、第3次産業によるものが835億元(前年比14.9%増)であった。
2004年の輸出入の総額は206.4億ドルで、そのうち輸出は104.6億ドル(前年比36.5%増)であった。2004年までの外資投資高は120億ドルで投資件数は8652件、そのうち日本企業の総投資額は7.64億ドルであった。日本との貿易高は21.33億ドルで、輸出が11.25ドル(14.99%増)輸入が10.08ドル(18.53%増)。
南京市街[Godofnanjing]
南京市街[Godofnanjing]

自動車、電子、鉄鋼、石油化学、鉄鋼などが主な産業。それらを含めて36業種200分野、2000種類の製品が生産されている。これらの齎す工業総生産は3285億元(南京市のGDPの43.1%を占める)。南京市政府は今後は資本集約産業から技術集約産業への転換を進めて行く方針。
経済政策:
外資起業に対して投資額に応じた税制面での優遇措置、4つの国家開発特区の建設、南京ハイテク産業特区(ソフト開発、IT、生物医薬) 、経済技術開発特区(IT、新型材料、生物医薬のLCD、PDPなど) 、ケミカル産業開発特区(エチレン、酢酸、塩素加工)、江寧経済開発技術開発区(自動車、自動車部品、精密機器、IT) 、5つの省級開発特区の建設。
[都市計画]
南京市は市域が長江に跨って立地しており、すでにある第1大橋、第2大橋、加えて2005年の国体にあわせて第3大橋と地下鉄1号線が2005年に開通。更に第4大橋、第2地下鉄が2004年に起工された。これらによって市の人口の移動を促進させる。
環状道路の整備、龍潭港の整備、禄口国際空港の整備と物流センターの建設も進んでいます。これらの政策の推進で、経済都市としてのインフラを整備し、21世紀の国際社会にふさわしい都市機能を充実させることを目指している。
また超高層ビルも市内に多く建ち、鼓楼広場に面する中国有数の超高層ビルである紫峰タワーが2009年に完成する。
[交通]
市内の交通としては鉄道、バス、地下鉄がある。
南京駅[Godofnanjing]
南京駅[Godofnanjing]

バス:観光用路線から郊外路線まで100以上の路線で構成され南京市民の重要な交通手段となっている。市内のほとんどの路線でICカードが導入されている。ICカードは運賃が4割引になっておりかなり普及している。地下鉄でも利用できる。
地下鉄:南京地下鉄1号線は南北に伸びる路線。2005年5月15日より観光用として試験運行開始、9月3日より正式運行開始。さらに南への延長を計画中。
南京地下鉄2号線は2005年12月に全区間着工。
空港:南京禄口国際空港(禄口国際機場)があり東京、大阪、シンガポール、ソウル、香港、マカオ、台湾など85都市と航空路が開設されている。市街までは29kmほど離れているが、高速道路で直結されている。
港:河港として、南京港がある。2004年には681万トンの貨物を扱った。64のバースがあり、うち16は1万トンの船舶が利用可能である。
国際運転免許証の扱い:南京市公安局出入境管理処が2002年2月に発行した中、英、日、韓の4ヶ国語対応の冊子「外国人在南京須知」には以下の記述がある。「国際運転免許証を所持する外国人は、南京市公安局交通管理部門の認可を以て南京市に於いての車両の運転が認められる。」
明孝陵(文武方門)
明孝陵(文武方門)

[観光]
明孝陵(みんこうりょう)は南京の東にある紫金山の南麓に位置にある明の太祖洪武帝朱元璋と后妃の陵墓。現在は北京の明の十三陵とともに、世界文化遺産である。この陵墓は蒋山寺と呼ばれていた霊谷寺を移転し、その地に造営された。造営には25年の歳月が費やされた。1961年に中華人民共和国国務院により「全国重点文物保護単位」に指定、2003年7月3日にユネスコの世界文化遺産に登録される。方城の北にある宝頂(宝城)の地下に朱元璋と馬皇后が眠る地下宮殿「玄宮」がある。しかし、地下宮殿は未発掘のために多くの謎が残されている。
中山陵[Universe729]
中山陵[Universe729]

中山陵、中山植物園、美齢宮、霊谷寺、南京長江大橋、夫子廟、江南貢院、中華門、中山門、紫金山、南京博物院、旧総統府、明故宮、鼓楼、鶏鳴寺、朝天宮なども人気があります。

南京市旅行写真はこちら:中国旅行写真館-南京市旅行写真

「編集:中国情報所 情報元: ウィキペディア(ja.wikipedia.org)」

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